昔、ホノルルの真珠湾に小さな黄色いサメが棲んでいました。
名前を、カエフ Ka-ehu といいました。
カエフの祖先は女神ペレの偉大な兄でサメの神、カモホアリイで、
このご先祖様から不思議な魔力と素晴らしい智慧をさずかっていました。
かつては、カエフは両親とともに
ハワイ島の南側にあるプナという海岸線でそだちました。
両親はプナの海岸線を守る鮫だったのです。
真珠湾も美しい入り江でしたが、
それでもカエフはプナの海辺の美しさを思い出すと、
たまらなく懐かしく恋しく、
こんな歌を歌いました。
我が故郷、レフアの木の葉ずれの音がする島
おまえの花がそっと開く、その上を雨がやさしく歩き
そして花を海に運ぶ
レフアは海で魚に出会う
そのとき、愛が愛と出会う日だ
我が憧れが かきたてられている
懐かしい故郷の 親しい精霊たちが
我を故郷に戻れと呼びかけるから
帰りたい
帰らなくては…
そして、カエフはハワイ島に帰ろうと、
仲間の鮫たちに呼びかけて、一緒に旅立ちました。
ワイキキまで泳いできたところで、
マウイからやってきたペフという鮫に出会いました。
ペフはマウイのホノカハウのあたりに住んでいて、
カレフア・ヴェヘ(ワイキキの、モアナホテル近く)まで行ったり来たりしていました。
カレフアヴェヘの波にのろうと沖に出てきた人を待ち構えて襲っていたのです。
カエフがペフに、こんなところで何をしているのかと尋ねると、
ペフは
「朝食に、カニを捕まえているところだ」と答えました。
カエフは、それを聞いて
「カニ採りか。それなら手伝ってあげよう」と言いました。
2010年09月26日
2010年09月05日
Pakaka Heiau
パカカ・ヘイアウはホノルルのダウンタウンにあったといわれる聖地です。
現在は「カカアコ」と呼ばれるあたりで、
近くにはカヌーの着岸場所があって、
カメハメハ大王の時代にはたくさんの軍用カヌーが
そこに並べられているのがみえたそうです。
このヘイアウは、ルアキニ・ヘイアウと呼ばれる規模の大きなものでした。
ルアキニ・ヘイアウでは、戦いの勝利を祈るため生贄を捧げることも行われていました。
パカカのヘイアウにはいくつかの伝説が伝わっていますが、
なかでも興味深いのは、
この寺院の中に神像がまつられることになった由来でしょう。
昔、ハワイ島のワイピオの、オロパナという男が
遥かかなたの島を目指してカヌーで旅立ちました。
そして遠い遠い南の海のたくさんの島々が点在する場所、
「カヒキ」と呼ばれる場所の、とある島にたどり着き、
家を作り、家族をつくり、一族の王となりました。
やがてオロパナ王の娘、
ムレイウラ(Mu-lei-ula、赤いレイをかけたムー)が
はじめての子供を産むときが来ました。
お産は大変な難産で、母子ともに大変な苦しみようでした。
そこへたまたま、島を訪れていたハウメアが通りかかりました。
ハウメアは、
ポリネシア人たちにとって大変神聖な祖先の一人で、
地母神、母なる大地の女神として、
またお産の神として崇められている存在です。
島の人たちが、ムレイウラが死んでしまうのではないかと案じていると、
ハウメアが救けにあらわれて、こういいました。
「私たちの島では、産婦は生きています。(死にません)
母子ともに、生きるのです(死ぬことはありません)」
帝王切開で、子供をとりださなくてはならない状態だったのだ、という説もあります。
ともかく、ハウメアは、
「自然分娩で出産し、母子ともに大丈夫な状態になれる」と言いたかったのでしょう。
島の人たちはハウメアに尋ねました。
「もしもあなたが助けてくれるなら、
私たちはいったいどんなお礼をしたらいいのでしょう?」
ハウメアのこたえは次のようなものでした。
「一本の木に、二つの不思議な素晴らしい花が咲くという、
大変美しい木がありますね。
私はあの木がとても気にいっています。
その”葉が変わる木 the tree of changing leaves"の、
二種類の花の、 一つは鋭い音色で歌い、
もう一つは時々歌う。
その木を私にくれるなら、王の娘とその赤ん坊の命を助けましょう。」
難産で苦しむムレイウラと周囲の人たちは藁にもすがるような気持ちで、
ハウメアにこの美しい木を贈ることを約束しました。
その木は、ムレイウラ王女がとても大切にしている木だったのです。
ハウメアは、難産を救い無事に子が生まれるための、
祈りとおまじないを唱え始めました。
すると王女はみるみる元気になってしまいました。
いともたやすく、あっという間に苦痛が消えてしまったので、
王女は、お礼にと約束した木が急に惜しくてたまらなくなってしまいました。
それで、つい、
「あの木はやっぱりあげられない」と叫んでしまいました。
そのとたん。
王女は見る見るうちに具合が悪くなり、
元の苦痛がよみがえってきたのです。
慌ててハウメアを呼んで、
どうか自分を許し、治してほしい、
そうしたらあの木をあげるから、
と涙ながらに訴えました。
ところが元気になると
またもや王女は大好きな木が惜しくなり、
ハウメアにあげるのはやめだと言いだしました。
そこでふたたび祈祷が止まってしまい、
そのとたんまじないの力もあっという間に消えてしまいました。
苦悶のすえ、父オロパナは娘に命じました。
「もうあの木は諦めなさい。
もしおまえが死んでしまったら、
あの木があったとしても何になる?」
王女もついに観念し、木をあきらめることを心に決めました。
ハウメアは、最後にとりわけ強力な呪文をとなえました。
その祈りはもういちど元気を娘に与え、
母子ともに元気に、無事に子供が生まれたのは言うまでもありません。
ハウメアはその木を持って遥かな海を越えて旅をし、
遠くハワイ島までやってきました。
けれども、この大きな島には、
木を植えるにふさわしい場所を見つけることができませんでした。
そこでさらにその先のマウイ島に渡り、
「四つの川(注;Na-wai-eha)」というところまでやってきました。
そこで神々の神聖なアヴァ(注;植物の名)を見つけ、
それを飲み物にしようと思いましたが、
飲み物にするのに混ぜる新鮮な湧き水があたりに見つかりませんでした。
ハウメアはワイヘエ川沿いのプウクメPu'u-kumeという場所で、
大切に持ってきた木をひとまず地面に置いて、
川下へと下ってみました。
そしてまた戻って来てみると、
なんと、木がすっかり根をおろしてしまっているのに気付きました。
ハウメアが見ている間にも、その木は根を張りすくすくと育ち、
枝をどんどん伸ばし始めています。
そこで彼女はその周りに石を積んで囲いをつくり、
強い風から守ってやりました。
やがてその木に花が咲くのを見届けると、
ハウメアはヌウメアラニにある自分の聖なる家に戻って行きました。
「ヌウメアラニ」とは、
神々の住む、靄に包まれた影の島、と言われています。
あるとき、神様の像を作る木を探しに一人の男がやってきました。
男は見たこともないような、丈の低い、大変美しい木を見つけ、
何時間もたいへんな苦労をしてその木を切り倒しました。
日が暮れたので、その木を倒したままにして家に戻りました。
その晩は、大変な嵐となりました。
血のように赤い河の流れが谷川に流れ込み、
まる二十日と二十晩、怒り狂ったような雨が
ワイヘエ一帯とその山を襲い続けました。
川はまるで逆巻く激流となり、
山を駆け上がり、谷を削りだしました。
ハウメアによって木を守るように囲んで積まれた石の壁も
恐ろしい逆巻く波に襲われ、
壁が崩れ、石は流され、
木は深い渓谷の中に流されて行きました。
枝は折りとられ、木の幹は海に流されて行きました。
その後六ヶ月間、この幹は波に翻弄されて
あちこちに流れながら、ついに
ハワイ島のカイルアの岸辺近い岩礁に
一番大きな枝が流れ着きました。
カイルアの人々は、自分たちが素晴らしい物を手に入れたことを知りました。。
この枝が海の水に垂れ下がるところには、
数えきれないほどのたくさんの種類の魚たちがあつまり、
ぴょんぴょんとびはねているのです。
酋長たちがこの素晴らしい枝を陸地に植え、
マカレイという神様にし、
その後代々ハワイの神として祭るようになりました。
別の枝はマウイ島の王様たちの持ち物となり、
荷物をつるしておく棒として使われました。
やがてマウイの王族の信仰の対象となり、
ク・ケ・オロ・エヴァKu-ke-olo-ewa と呼ばれました。
木の一番太い幹の部分は
四つの川の近くの岸辺をごろごろと転がりながら
海の藻屑に包まれて行きました。
とある酋長の夫婦が、自分の家の守り神を祭ろうと思い、
その偶像を彫るための良い木をを探していました。
夢の中で、二人はその神様が見つかるだろうと告げられました。
三日の間、夫婦は祈祷師や神官に相談し、
祈りと呪術を捧げながら
自分たちの神様の像を彫るための丸太を探し求めました。
三日目の晩、神様からの合図のような出来事があり、
それにつれられるようにして二人が海岸に降りていくと、
そこに、波にもまれて岸辺にごろごろと転がる丸太がありました。
月の光のなか、ぼんやりとした霧が丸太にかかっていました。
二人はその丸太を手にして、神の像を彫り、
Kuu-hoo-nee-nuuと名付けました。
それから二人はこの神様のためにヘイアウ(神殿)を作り、
Waihauヘイアウと名付け、
神官とオウだけが入ることを許されたカプ(聖域)としました。
この神のマナと呼ばれる神聖なパワーはとても強く、
ハワイ島からカウアイ島までその名は広まりました。
木を手に入れて神にし、
その神殿まで作ったこの酋長は、
運に恵まれ財産を手に入れました。
オアフ島の王様がこの木の話を聞き、召使をマウイ島までやって
その話が本当かどうか調べてこいと命じました。
もしもほんとうなら、
その神像をオアフ島まで運んでくるように言いました。
召使たちはさっそく酋長のところに出向き、
神像をみつけ、酋長に、
王様がこの神の像をコウkouの土地に迎え入れたがっていること、
そしてそのために神殿をつくろうと思っていることも伝えました。
酋長は快く神像をゆずってくれ、
召使たちは喜んでこの神の像を新しい島に運んで行きました。
そしてコウにはヘイアウ(神殿)が作られ、
クウ・ホオ・ネエ・ヌウの神がそこに祭られました。
パカカ・ヘイアウと名付けられたこの神殿は、
やがてオアフ島一の名高い神殿となり、
遠い島から流れてきた木でつくられた神の像は、
オアフ島の酋長たちが守り神としてあがめられるようになったということです。
現在は「カカアコ」と呼ばれるあたりで、
近くにはカヌーの着岸場所があって、
カメハメハ大王の時代にはたくさんの軍用カヌーが
そこに並べられているのがみえたそうです。
このヘイアウは、ルアキニ・ヘイアウと呼ばれる規模の大きなものでした。
ルアキニ・ヘイアウでは、戦いの勝利を祈るため生贄を捧げることも行われていました。
パカカのヘイアウにはいくつかの伝説が伝わっていますが、
なかでも興味深いのは、
この寺院の中に神像がまつられることになった由来でしょう。
昔、ハワイ島のワイピオの、オロパナという男が
遥かかなたの島を目指してカヌーで旅立ちました。
そして遠い遠い南の海のたくさんの島々が点在する場所、
「カヒキ」と呼ばれる場所の、とある島にたどり着き、
家を作り、家族をつくり、一族の王となりました。
やがてオロパナ王の娘、
ムレイウラ(Mu-lei-ula、赤いレイをかけたムー)が
はじめての子供を産むときが来ました。
お産は大変な難産で、母子ともに大変な苦しみようでした。
そこへたまたま、島を訪れていたハウメアが通りかかりました。
ハウメアは、
ポリネシア人たちにとって大変神聖な祖先の一人で、
地母神、母なる大地の女神として、
またお産の神として崇められている存在です。
島の人たちが、ムレイウラが死んでしまうのではないかと案じていると、
ハウメアが救けにあらわれて、こういいました。
「私たちの島では、産婦は生きています。(死にません)
母子ともに、生きるのです(死ぬことはありません)」
帝王切開で、子供をとりださなくてはならない状態だったのだ、という説もあります。
ともかく、ハウメアは、
「自然分娩で出産し、母子ともに大丈夫な状態になれる」と言いたかったのでしょう。
島の人たちはハウメアに尋ねました。
「もしもあなたが助けてくれるなら、
私たちはいったいどんなお礼をしたらいいのでしょう?」
ハウメアのこたえは次のようなものでした。
「一本の木に、二つの不思議な素晴らしい花が咲くという、
大変美しい木がありますね。
私はあの木がとても気にいっています。
その”葉が変わる木 the tree of changing leaves"の、
二種類の花の、 一つは鋭い音色で歌い、
もう一つは時々歌う。
その木を私にくれるなら、王の娘とその赤ん坊の命を助けましょう。」
難産で苦しむムレイウラと周囲の人たちは藁にもすがるような気持ちで、
ハウメアにこの美しい木を贈ることを約束しました。
その木は、ムレイウラ王女がとても大切にしている木だったのです。
ハウメアは、難産を救い無事に子が生まれるための、
祈りとおまじないを唱え始めました。
すると王女はみるみる元気になってしまいました。
いともたやすく、あっという間に苦痛が消えてしまったので、
王女は、お礼にと約束した木が急に惜しくてたまらなくなってしまいました。
それで、つい、
「あの木はやっぱりあげられない」と叫んでしまいました。
そのとたん。
王女は見る見るうちに具合が悪くなり、
元の苦痛がよみがえってきたのです。
慌ててハウメアを呼んで、
どうか自分を許し、治してほしい、
そうしたらあの木をあげるから、
と涙ながらに訴えました。
ところが元気になると
またもや王女は大好きな木が惜しくなり、
ハウメアにあげるのはやめだと言いだしました。
そこでふたたび祈祷が止まってしまい、
そのとたんまじないの力もあっという間に消えてしまいました。
苦悶のすえ、父オロパナは娘に命じました。
「もうあの木は諦めなさい。
もしおまえが死んでしまったら、
あの木があったとしても何になる?」
王女もついに観念し、木をあきらめることを心に決めました。
ハウメアは、最後にとりわけ強力な呪文をとなえました。
その祈りはもういちど元気を娘に与え、
母子ともに元気に、無事に子供が生まれたのは言うまでもありません。
ハウメアはその木を持って遥かな海を越えて旅をし、
遠くハワイ島までやってきました。
けれども、この大きな島には、
木を植えるにふさわしい場所を見つけることができませんでした。
そこでさらにその先のマウイ島に渡り、
「四つの川(注;Na-wai-eha)」というところまでやってきました。
そこで神々の神聖なアヴァ(注;植物の名)を見つけ、
それを飲み物にしようと思いましたが、
飲み物にするのに混ぜる新鮮な湧き水があたりに見つかりませんでした。
ハウメアはワイヘエ川沿いのプウクメPu'u-kumeという場所で、
大切に持ってきた木をひとまず地面に置いて、
川下へと下ってみました。
そしてまた戻って来てみると、
なんと、木がすっかり根をおろしてしまっているのに気付きました。
ハウメアが見ている間にも、その木は根を張りすくすくと育ち、
枝をどんどん伸ばし始めています。
そこで彼女はその周りに石を積んで囲いをつくり、
強い風から守ってやりました。
やがてその木に花が咲くのを見届けると、
ハウメアはヌウメアラニにある自分の聖なる家に戻って行きました。
「ヌウメアラニ」とは、
神々の住む、靄に包まれた影の島、と言われています。
あるとき、神様の像を作る木を探しに一人の男がやってきました。
男は見たこともないような、丈の低い、大変美しい木を見つけ、
何時間もたいへんな苦労をしてその木を切り倒しました。
日が暮れたので、その木を倒したままにして家に戻りました。
その晩は、大変な嵐となりました。
血のように赤い河の流れが谷川に流れ込み、
まる二十日と二十晩、怒り狂ったような雨が
ワイヘエ一帯とその山を襲い続けました。
川はまるで逆巻く激流となり、
山を駆け上がり、谷を削りだしました。
ハウメアによって木を守るように囲んで積まれた石の壁も
恐ろしい逆巻く波に襲われ、
壁が崩れ、石は流され、
木は深い渓谷の中に流されて行きました。
枝は折りとられ、木の幹は海に流されて行きました。
その後六ヶ月間、この幹は波に翻弄されて
あちこちに流れながら、ついに
ハワイ島のカイルアの岸辺近い岩礁に
一番大きな枝が流れ着きました。
カイルアの人々は、自分たちが素晴らしい物を手に入れたことを知りました。。
この枝が海の水に垂れ下がるところには、
数えきれないほどのたくさんの種類の魚たちがあつまり、
ぴょんぴょんとびはねているのです。
酋長たちがこの素晴らしい枝を陸地に植え、
マカレイという神様にし、
その後代々ハワイの神として祭るようになりました。
別の枝はマウイ島の王様たちの持ち物となり、
荷物をつるしておく棒として使われました。
やがてマウイの王族の信仰の対象となり、
ク・ケ・オロ・エヴァKu-ke-olo-ewa と呼ばれました。
木の一番太い幹の部分は
四つの川の近くの岸辺をごろごろと転がりながら
海の藻屑に包まれて行きました。
とある酋長の夫婦が、自分の家の守り神を祭ろうと思い、
その偶像を彫るための良い木をを探していました。
夢の中で、二人はその神様が見つかるだろうと告げられました。
三日の間、夫婦は祈祷師や神官に相談し、
祈りと呪術を捧げながら
自分たちの神様の像を彫るための丸太を探し求めました。
三日目の晩、神様からの合図のような出来事があり、
それにつれられるようにして二人が海岸に降りていくと、
そこに、波にもまれて岸辺にごろごろと転がる丸太がありました。
月の光のなか、ぼんやりとした霧が丸太にかかっていました。
二人はその丸太を手にして、神の像を彫り、
Kuu-hoo-nee-nuuと名付けました。
それから二人はこの神様のためにヘイアウ(神殿)を作り、
Waihauヘイアウと名付け、
神官とオウだけが入ることを許されたカプ(聖域)としました。
この神のマナと呼ばれる神聖なパワーはとても強く、
ハワイ島からカウアイ島までその名は広まりました。
木を手に入れて神にし、
その神殿まで作ったこの酋長は、
運に恵まれ財産を手に入れました。
オアフ島の王様がこの木の話を聞き、召使をマウイ島までやって
その話が本当かどうか調べてこいと命じました。
もしもほんとうなら、
その神像をオアフ島まで運んでくるように言いました。
召使たちはさっそく酋長のところに出向き、
神像をみつけ、酋長に、
王様がこの神の像をコウkouの土地に迎え入れたがっていること、
そしてそのために神殿をつくろうと思っていることも伝えました。
酋長は快く神像をゆずってくれ、
召使たちは喜んでこの神の像を新しい島に運んで行きました。
そしてコウにはヘイアウ(神殿)が作られ、
クウ・ホオ・ネエ・ヌウの神がそこに祭られました。
パカカ・ヘイアウと名付けられたこの神殿は、
やがてオアフ島一の名高い神殿となり、
遠い島から流れてきた木でつくられた神の像は、
オアフ島の酋長たちが守り神としてあがめられるようになったということです。
2010年06月11日
カネの「生命の水」
The Water of the Gods
(An O'ahu Legend)
ハワイの神話では、さまざまな神々や精霊たち、そして神のようなパワーを持った人間も登場しますが、
それらの中で最も偉大な4大神という存在があります。
生命の源である水をつかさどるカネ、
大地(とくに森林)と戦いをつかさどる太古の神、クー、
太平洋全域で崇拝の対象とされる海の神、カナロア、
そして、雨と豊穣、そして平和の象徴とされるロノ。
この4体の神々にまつわる不思議な物語もまたたくさん伝わっています。
4大神のうちでも、カネとカナロアは兄弟とされることも多く、
二人は、先のとがった形の雲に乗って、水平線の向こうの雲に浮く島から一緒にやってきて、
オアフ島の南東にあるハナウマの入り江に上陸しました。
乾燥した大地の上には、真っ青な空とぎらぎらの太陽。
雨の気配もなく、草も花もすっかりうなだれて、
湧水の音も聞こえない乾ききった道を歩きながら、
カナロアはもうへとへとだ、と、道端に座り込んでしまいました。
「ああ、カネよ!
我ら、ずっと歩き続けて来たけれど、腹が減って死にそうだ!
これ以上は歩けない。喉も乾いて死にそうだ!
ここらで何か食べようじゃないか。」
先を歩いていたカネは、立ち止まり、辺りを見回しましたが、あいにく喉をうるおすアヴァ酒を混ぜる清水は見当たりません。
そこで、持っていた杖で地面を打ち付けると、そこから水が吹き出しました。
食事を終えてひと休みすると、二人はまた一本道を歩きだしました。
それほど遠くまで歩かないうちに、またカナロアが何か食べようといいだしました。
カネはまた、水がないことを見てとると、同じように杖で地面をコツコツ打ち付け、水が吹き出しました。
そうやって、何度も同じことを繰り返して進むうち、たくさんの穴がハナウマとラエ'アヒ(今のダイアモンドヘッド)の間にあけられ、その一つ一つから清流が流れだし、辺りをうるおす水になりました。
'アプアケハウ(現在、モアナホテルの立っているあたり)まで来ると、二人は海に入ってひんやりした水で体を冷やし、
それから砂浜に横たわって背中を乾かしました。
お日様が傾くころ、マノア渓谷に向かってなだらかな坂道を登り始めました。
モ'イリ'イリをとおりすぎたあたりで、二人は身体に付いた砂を落とそうと、パパ'アケアの小川に入りました。
二人の偉大な神様が落とした砂は、そのあとも長いことそこにあるのが見えたといいますが、ハイウエイがその上に作られてからはコンクリートにふたをされていまでは見ることができなくなってしまいました。
さらにその先の、ケ'アパパの丘で二人はもう一度休憩しました。カナロアはまた喉が渇いた、といいだし、
「さて、兄さん、ここで水を見つけることは出来るかな?
さすがに今回は難しいだろう」とからかいました。
ところがそれを聞いたカネはにっこりしました、というのも、
カネには丘の地面の奥の方に水が流れる音が聞こえていたからです。
果たして、カネの思った通り、杖で地面を突くと冷たく清らかな清水がほとばしり、たっぷりと豊かな流れとなって湧きだしたのです。
おかげで辺り一帯の生き物たちや人間たちは豊かな水に恵まれることになり、
この泉は、カ・プナホウ、「新しい泉」と呼ばれて今もマッカリー地区の貴重な水源となっています。
(An O'ahu Legend)
ハワイの神話では、さまざまな神々や精霊たち、そして神のようなパワーを持った人間も登場しますが、
それらの中で最も偉大な4大神という存在があります。
生命の源である水をつかさどるカネ、
大地(とくに森林)と戦いをつかさどる太古の神、クー、
太平洋全域で崇拝の対象とされる海の神、カナロア、
そして、雨と豊穣、そして平和の象徴とされるロノ。
この4体の神々にまつわる不思議な物語もまたたくさん伝わっています。
4大神のうちでも、カネとカナロアは兄弟とされることも多く、
二人は、先のとがった形の雲に乗って、水平線の向こうの雲に浮く島から一緒にやってきて、
オアフ島の南東にあるハナウマの入り江に上陸しました。
乾燥した大地の上には、真っ青な空とぎらぎらの太陽。
雨の気配もなく、草も花もすっかりうなだれて、
湧水の音も聞こえない乾ききった道を歩きながら、
カナロアはもうへとへとだ、と、道端に座り込んでしまいました。
「ああ、カネよ!
我ら、ずっと歩き続けて来たけれど、腹が減って死にそうだ!
これ以上は歩けない。喉も乾いて死にそうだ!
ここらで何か食べようじゃないか。」
先を歩いていたカネは、立ち止まり、辺りを見回しましたが、あいにく喉をうるおすアヴァ酒を混ぜる清水は見当たりません。
そこで、持っていた杖で地面を打ち付けると、そこから水が吹き出しました。
食事を終えてひと休みすると、二人はまた一本道を歩きだしました。
それほど遠くまで歩かないうちに、またカナロアが何か食べようといいだしました。
カネはまた、水がないことを見てとると、同じように杖で地面をコツコツ打ち付け、水が吹き出しました。
そうやって、何度も同じことを繰り返して進むうち、たくさんの穴がハナウマとラエ'アヒ(今のダイアモンドヘッド)の間にあけられ、その一つ一つから清流が流れだし、辺りをうるおす水になりました。
'アプアケハウ(現在、モアナホテルの立っているあたり)まで来ると、二人は海に入ってひんやりした水で体を冷やし、
それから砂浜に横たわって背中を乾かしました。
お日様が傾くころ、マノア渓谷に向かってなだらかな坂道を登り始めました。
モ'イリ'イリをとおりすぎたあたりで、二人は身体に付いた砂を落とそうと、パパ'アケアの小川に入りました。
二人の偉大な神様が落とした砂は、そのあとも長いことそこにあるのが見えたといいますが、ハイウエイがその上に作られてからはコンクリートにふたをされていまでは見ることができなくなってしまいました。
さらにその先の、ケ'アパパの丘で二人はもう一度休憩しました。カナロアはまた喉が渇いた、といいだし、
「さて、兄さん、ここで水を見つけることは出来るかな?
さすがに今回は難しいだろう」とからかいました。
ところがそれを聞いたカネはにっこりしました、というのも、
カネには丘の地面の奥の方に水が流れる音が聞こえていたからです。
果たして、カネの思った通り、杖で地面を突くと冷たく清らかな清水がほとばしり、たっぷりと豊かな流れとなって湧きだしたのです。
おかげで辺り一帯の生き物たちや人間たちは豊かな水に恵まれることになり、
この泉は、カ・プナホウ、「新しい泉」と呼ばれて今もマッカリー地区の貴重な水源となっています。
2010年05月05日
Kanaka Sick E
アンティは生涯を通じてキリスト教徒であり、古代のハワイの神々を呼び寄せることは偶像崇拝であると教えられてきました。
その罪の意識はハオレの医師が「カナカの治療」を試してみなさいといってくれたことによって消え去りました。
アンティはハワイの神々に助けを求めるいとこのカフナの力を信頼していました。
これらの神々に供えものとして用意された食べ物を食べた時、彼女はその食べ物を霊的な交わりとしてとりいれたのです。
食べ物が食べられると、残りを取り扱うのはカフナの仕事です。
供え物のかけらさえも残すことは許されません。さもないと悪霊たちがそれを持ち去って悪い目的に使ってしまうかもしれないからです。
パパが馬に手綱をつけにいっている間に、いとこはアンティにもう寝なさいといいました。
もしも神々がお供え物やお祈りのチャントを喜んで受け取ったのなら、神々はきっとアンティが寝ているとき夢の中に現れるというのです。
いとこは、供物の包みを処分したあともどってくると約束しました。
もしも何か夢を見たら、いとこに話すことになっていたのです。
いとこは用意のできたパパと一緒に出て行き、馬車に乗って人気のない場所までいき、食べ物の入った包みを一つ地面に埋めました。
二つ目の包みは水の流れる小川の中に入れられました。
三つ目は波に投げ入れられ、それは残り物の包みでした。
四つ目は浜辺の流木で火を焚いて、その中に入れられました。
夜明けの最初の光が訪れ、いとこのカフナとパパは供物の包みを始末するとパラ間の家に戻りました。
アンティは団扇を優しく動かす娘たちに優しく見守られながらぐっすり眠っていました。
他の者たちは床の上やラナイで眠っています。
いとこは静かにティリーフで輪を描いた床の上の自分の位置に座りました。
パパはアンティの揺り椅子の上に座って見守りました。
太陽の最初の光がコオラウ山脈にかかるころ、アンティは笑顔を浮かべて目覚め、いとこを呼んでくれといいました。
神々は夢に現れたのです。
夢の中で、彼女は息子に会って話しかけました。
息子は大きな船に乗って安全に世界中を回り、旅の終わりに家に帰ってくるところでした。
アンティは喜びの涙にくれ、息子に話しかけたました。
彼はもう怒っていませんでした。彼もまた、喧嘩を後悔していて、あんなことがあったことを心から洗い流したいと思っていたのです。
そうです。
神々はアンティにとりついていた悪いものを取り去ってくれたのです。
頭とのどの痛みは消え去っていました。
いとこもうなづいて、神々がアンティを守ってくれたのだといいました。
良い神々が悪い物を取り去ってくれたので、今度はアンティの新しい状態をしっかりとしたものにするため海の中で清めの沐浴の儀式を子なわなくてはなりません。
喜び勇んでパパと娘たちはアンティがベッドから出るのを手伝い、肩にショールをかけ、乗り物に乗せました。
いとこも一緒に、みんなでカリヒの海岸まで馬車を走らせ、(1900年頃のカリヒは遠浅のきれいな水の海岸だったのです。)
そこでみんなはリムカラという名の海藻を集め、レイを作り、アンティの首に掛けました。
それと同時にアンティにリムカラの種を食べるように渡しました。
アンティを連れて沖の深みまで導いていくと、彼女の首にかけたリムからのレイが穏やかな波のうねりにほどけて遠くに流れて行きました。
それとともにアンティの病気の原因となったあらゆる悪い物の痕跡もきれいに取り去っていったのでした。
アンティが沐浴している間に、カフナは娘に命じてウニを集めさせました。
そして元のように元気に体力が付くまで、毎日食べさせなさいといいました。
(ウニはビタミンが大変豊富なのです)
そして、アンティの「カナカ病」はすっかり治りました。
本物のハワイアンらしく、彼女はハオレの医者と同じくらいいとこのカフナが自分の病に効くと信頼していたのです。
アンティの病気の治療は彼女の祖先たちの時代にまでさかのぼる伝統的な治療法の一つでした。
それは、薬草療法であるラアウ・ラパアウと呼ばれています。
honolulu star-bulletin
Aug.13 1950 through Aug.22,1950
By Clarice B.Taylor
その罪の意識はハオレの医師が「カナカの治療」を試してみなさいといってくれたことによって消え去りました。
アンティはハワイの神々に助けを求めるいとこのカフナの力を信頼していました。
これらの神々に供えものとして用意された食べ物を食べた時、彼女はその食べ物を霊的な交わりとしてとりいれたのです。
食べ物が食べられると、残りを取り扱うのはカフナの仕事です。
供え物のかけらさえも残すことは許されません。さもないと悪霊たちがそれを持ち去って悪い目的に使ってしまうかもしれないからです。
パパが馬に手綱をつけにいっている間に、いとこはアンティにもう寝なさいといいました。
もしも神々がお供え物やお祈りのチャントを喜んで受け取ったのなら、神々はきっとアンティが寝ているとき夢の中に現れるというのです。
いとこは、供物の包みを処分したあともどってくると約束しました。
もしも何か夢を見たら、いとこに話すことになっていたのです。
いとこは用意のできたパパと一緒に出て行き、馬車に乗って人気のない場所までいき、食べ物の入った包みを一つ地面に埋めました。
二つ目の包みは水の流れる小川の中に入れられました。
三つ目は波に投げ入れられ、それは残り物の包みでした。
四つ目は浜辺の流木で火を焚いて、その中に入れられました。
夜明けの最初の光が訪れ、いとこのカフナとパパは供物の包みを始末するとパラ間の家に戻りました。
アンティは団扇を優しく動かす娘たちに優しく見守られながらぐっすり眠っていました。
他の者たちは床の上やラナイで眠っています。
いとこは静かにティリーフで輪を描いた床の上の自分の位置に座りました。
パパはアンティの揺り椅子の上に座って見守りました。
太陽の最初の光がコオラウ山脈にかかるころ、アンティは笑顔を浮かべて目覚め、いとこを呼んでくれといいました。
神々は夢に現れたのです。
夢の中で、彼女は息子に会って話しかけました。
息子は大きな船に乗って安全に世界中を回り、旅の終わりに家に帰ってくるところでした。
アンティは喜びの涙にくれ、息子に話しかけたました。
彼はもう怒っていませんでした。彼もまた、喧嘩を後悔していて、あんなことがあったことを心から洗い流したいと思っていたのです。
そうです。
神々はアンティにとりついていた悪いものを取り去ってくれたのです。
頭とのどの痛みは消え去っていました。
いとこもうなづいて、神々がアンティを守ってくれたのだといいました。
良い神々が悪い物を取り去ってくれたので、今度はアンティの新しい状態をしっかりとしたものにするため海の中で清めの沐浴の儀式を子なわなくてはなりません。
喜び勇んでパパと娘たちはアンティがベッドから出るのを手伝い、肩にショールをかけ、乗り物に乗せました。
いとこも一緒に、みんなでカリヒの海岸まで馬車を走らせ、(1900年頃のカリヒは遠浅のきれいな水の海岸だったのです。)
そこでみんなはリムカラという名の海藻を集め、レイを作り、アンティの首に掛けました。
それと同時にアンティにリムカラの種を食べるように渡しました。
アンティを連れて沖の深みまで導いていくと、彼女の首にかけたリムからのレイが穏やかな波のうねりにほどけて遠くに流れて行きました。
それとともにアンティの病気の原因となったあらゆる悪い物の痕跡もきれいに取り去っていったのでした。
アンティが沐浴している間に、カフナは娘に命じてウニを集めさせました。
そして元のように元気に体力が付くまで、毎日食べさせなさいといいました。
(ウニはビタミンが大変豊富なのです)
そして、アンティの「カナカ病」はすっかり治りました。
本物のハワイアンらしく、彼女はハオレの医者と同じくらいいとこのカフナが自分の病に効くと信頼していたのです。
アンティの病気の治療は彼女の祖先たちの時代にまでさかのぼる伝統的な治療法の一つでした。
それは、薬草療法であるラアウ・ラパアウと呼ばれています。
honolulu star-bulletin
Aug.13 1950 through Aug.22,1950
By Clarice B.Taylor
2010年02月28日
Kanaka Sick D
アンティの「カナカ病」の本当の治療は、イムを開いたところから始まりました。
イムのなかでは食物を入れた5つの包みがすっかり焼きあがっていました。
まだ熱く湯気が立ち上るその包みをアンティの寝ている部屋に持っていき、床の上にカフナがティの葉を丸を書くようにしてならべたその上に置きました。
カフナ自身は床の上の、食べ物の正面に腰をおろします。
家族はみな部屋の中に集まっています。
いとこは祈り始めました。
まずエホバの神に、それから父とキリストと聖霊に。
威厳のある声で、美しい韻律のハワイ語を使い、
キリストの神にアンティの病状を説明します。
それからまた違った音階に声の調子が変わり、
いとこはハワイの4大神を呼び出しました。
建造者であるクーから始まり、命の源のカーネ、
食べ物をあたえたもうロノ、そして海の守護神カナロア。
これらの神々に呼び掛け、食べ物やアヴァを供物としてささげました。
次にまた声の調子が変わり、今度はその下に位置する神々の集まりを、
ペレから順に名前を一つ一つあげて呼びかけ、その威徳をたたえます。
名だたる神々のあとには、アンティとそ一族の祖霊にむかって名前で呼びかけ、招き入れ、供物を捧げます。
それからその他の妖怪のような精霊たちが、忘れ去られていることに腹を立てないよう、
40,000の神々、400,000の精霊たち(その名はもはや知りもしないのですが)にもすべて呼び掛け招き入れました。
そしてすべての神々を良いも悪いも隔てなく招き入れ供え物をささげると、
いとこはもう一度声の調子を変えて、今度は語りかけるような声でアンティを悩ませる病気の状態を述べました。
一家のアウマクアや精霊たちに、生命の与え主であるカーネの神にとりなしてくれるよう祈り、アンティにとり付いた悪魔を取り去ってくれるよう願いました。
カフナの祈りが持つ力、ハワイアンはこれをマナと呼んでいますが、
その力はいとこの祈りが終わるそのずっと前からアンティの中にメキメキと広がり始めていました。
いとこが悪霊たちを招き入れお供え物を受け取るように言うのを聞いても何も恐れはありませんでした。
カフナの持つ力は悪鬼悪霊たちを治める善き神々の上に十分に働くということに確信を持っていましたからです。
祈りの言葉の最後の部分が唱えられとき、精霊たちが供え物の食べのもの包みを開けるガサガサいう音が
アンティにははっきりと聞こえていました。
祈りが終わり、いとこはブランデーの瓶を開け、容器に少量注ぎました。
『これを捧げます、神よ』といいながら、その酒を食べ物の包みに振りかけました。
(ブランデーはアヴァ酒の現代的な代用品です)
それから昔ながらの決まり文句、「アーママ・ウア・ノア」を唱えて沈黙のカプ(神聖な約束)を終わらせたのでした。
大きな食べ物の包みが開かれ、そこにあるものの一部がそれぞれ患者であるアンティのお皿にとり分けられました。
残りの食べ物は室内にいたみんなに少しずつ分けられました。
それを食べながら、一族は自由に和やかに談笑していました。
神々がそこにいるということに緊張したり委縮する者はありませんでした。
話題は一族の年長者たちがかつて体験したり見聞きした過去の治療
のことに移って行きました。
おばあさんは、自分の母親が天然痘の流行で死にかけていた時に、いかにして母親の熱があっという間に下がって生き返ったかということを話しました。
それはある偉大なカフナが、彼女の母親の亡くなった母とこれまた亡くなった義理の母を、娘のもとに呼び出したに起こったのでした。
一人はベッドの足もとに座り、もう一人はベッドのまくら元に居るのが見えたといいます。
アンティが供え物の食べ物を食べ終わる頃までには、ハオレ(白人)の医師が「カナカ病」と診断したアンティの治療は、カフナの世話どりのもと、8時間以上たっていました。
その間、カフナはいかなる薬物も与えませんでした。
かれの診断は簡潔でした。
彼女はおおきな魔物が自分の心にとりつくのを許してしまったのです。
その魔物はアンティが、自立した存在である自分の息子と喧嘩をしたときにとり付いたのでした。
彼女は過ちを犯し、その結果苦しむことになりました。
悪魔は彼女の頭を痛みで悩ませたのです。
喉を絞めつけ、息苦しくさせたのでした。
ここまでのカフナの治療は、アンティがカフナの前で、家族の輪にしっかりと守られたなかですべてを告白することを励まし促してきました。
そのあとで、神々の助けとともに彼女が確かにたすかるとうけあいました。
(Eにつづく)
イムのなかでは食物を入れた5つの包みがすっかり焼きあがっていました。
まだ熱く湯気が立ち上るその包みをアンティの寝ている部屋に持っていき、床の上にカフナがティの葉を丸を書くようにしてならべたその上に置きました。
カフナ自身は床の上の、食べ物の正面に腰をおろします。
家族はみな部屋の中に集まっています。
いとこは祈り始めました。
まずエホバの神に、それから父とキリストと聖霊に。
威厳のある声で、美しい韻律のハワイ語を使い、
キリストの神にアンティの病状を説明します。
それからまた違った音階に声の調子が変わり、
いとこはハワイの4大神を呼び出しました。
建造者であるクーから始まり、命の源のカーネ、
食べ物をあたえたもうロノ、そして海の守護神カナロア。
これらの神々に呼び掛け、食べ物やアヴァを供物としてささげました。
次にまた声の調子が変わり、今度はその下に位置する神々の集まりを、
ペレから順に名前を一つ一つあげて呼びかけ、その威徳をたたえます。
名だたる神々のあとには、アンティとそ一族の祖霊にむかって名前で呼びかけ、招き入れ、供物を捧げます。
それからその他の妖怪のような精霊たちが、忘れ去られていることに腹を立てないよう、
40,000の神々、400,000の精霊たち(その名はもはや知りもしないのですが)にもすべて呼び掛け招き入れました。
そしてすべての神々を良いも悪いも隔てなく招き入れ供え物をささげると、
いとこはもう一度声の調子を変えて、今度は語りかけるような声でアンティを悩ませる病気の状態を述べました。
一家のアウマクアや精霊たちに、生命の与え主であるカーネの神にとりなしてくれるよう祈り、アンティにとり付いた悪魔を取り去ってくれるよう願いました。
カフナの祈りが持つ力、ハワイアンはこれをマナと呼んでいますが、
その力はいとこの祈りが終わるそのずっと前からアンティの中にメキメキと広がり始めていました。
いとこが悪霊たちを招き入れお供え物を受け取るように言うのを聞いても何も恐れはありませんでした。
カフナの持つ力は悪鬼悪霊たちを治める善き神々の上に十分に働くということに確信を持っていましたからです。
祈りの言葉の最後の部分が唱えられとき、精霊たちが供え物の食べのもの包みを開けるガサガサいう音が
アンティにははっきりと聞こえていました。
祈りが終わり、いとこはブランデーの瓶を開け、容器に少量注ぎました。
『これを捧げます、神よ』といいながら、その酒を食べ物の包みに振りかけました。
(ブランデーはアヴァ酒の現代的な代用品です)
それから昔ながらの決まり文句、「アーママ・ウア・ノア」を唱えて沈黙のカプ(神聖な約束)を終わらせたのでした。
大きな食べ物の包みが開かれ、そこにあるものの一部がそれぞれ患者であるアンティのお皿にとり分けられました。
残りの食べ物は室内にいたみんなに少しずつ分けられました。
それを食べながら、一族は自由に和やかに談笑していました。
神々がそこにいるということに緊張したり委縮する者はありませんでした。
話題は一族の年長者たちがかつて体験したり見聞きした過去の治療
のことに移って行きました。
おばあさんは、自分の母親が天然痘の流行で死にかけていた時に、いかにして母親の熱があっという間に下がって生き返ったかということを話しました。
それはある偉大なカフナが、彼女の母親の亡くなった母とこれまた亡くなった義理の母を、娘のもとに呼び出したに起こったのでした。
一人はベッドの足もとに座り、もう一人はベッドのまくら元に居るのが見えたといいます。
アンティが供え物の食べ物を食べ終わる頃までには、ハオレ(白人)の医師が「カナカ病」と診断したアンティの治療は、カフナの世話どりのもと、8時間以上たっていました。
その間、カフナはいかなる薬物も与えませんでした。
かれの診断は簡潔でした。
彼女はおおきな魔物が自分の心にとりつくのを許してしまったのです。
その魔物はアンティが、自立した存在である自分の息子と喧嘩をしたときにとり付いたのでした。
彼女は過ちを犯し、その結果苦しむことになりました。
悪魔は彼女の頭を痛みで悩ませたのです。
喉を絞めつけ、息苦しくさせたのでした。
ここまでのカフナの治療は、アンティがカフナの前で、家族の輪にしっかりと守られたなかですべてを告白することを励まし促してきました。
そのあとで、神々の助けとともに彼女が確かにたすかるとうけあいました。
(Eにつづく)
2010年02月26日
Kanaka Sick C
家も、庭も、その中にあるすべてのものも綺麗に清めると、いとこのカフナは神々にささげる食事の用意をしました。
アンティの「カナカ病」を癒すための、次なる段階です。
この作業では、家族の助けが必要です。
どの食材も、かふなが祈りの言葉を唱えている間にきれいに洗って清めの塩を振りかけるのです。
それからカフナは食べ物を5つの包みにまとめました。
そのうち4つはとても小さな包みでしたが、どのなかにも、ボラと、赤い魚と、ルアウの葉と、丸ごとのタロイモ、そしてアヴァの根が少しずつ入っています。
5番目の包みは食材の主な部分が入っています。
丸ごとの魚、タロイモ、ルアウの葉、卵、そしてアヴァの根です。
カフナは庭のイム(石窯)の、波で現れて清められた清潔な流木に火を入れて、食材をその中に入れると、アンティのベッドの横に立ち、それぞれの食べ物を使う意味と目的を説明しました。
ひとかけのアヴァは、祖お包みが神々の捧げものとしてうけいられるようにと置かれます。
アヴァは催眠作用のある飲み物となるのですが、神々に捧げる神聖な植物で、あらゆる供物に欠かせない物です。
タロとルアウの葉はタロイモの成長に伴って何度も生え換わる、生命力の象徴なのです。
卵と魚は海と陸の象徴。
ひとつは食べ物が育つ大地のために。
ひとつは命を与えてくれる真水のために。
ひとつは海を清めるため。
そしてもうひとつは炎の持つ浄化の力のために。
アンティはこれらのことをすべてちゃんと知っていました、
でも、いとこがあらためて、食べ物に火が通るのを待つ家族たちに向かって説明してもらうのは、とても嬉しいことでした。
(*ルアウはタロイモの若葉。
カナカとは、ハワイ原住民のことを意味します。
カナカとは、ハワイの言葉で「人間」という意味。)
アンティの「カナカ病」を癒すための、次なる段階です。
この作業では、家族の助けが必要です。
どの食材も、かふなが祈りの言葉を唱えている間にきれいに洗って清めの塩を振りかけるのです。
それからカフナは食べ物を5つの包みにまとめました。
そのうち4つはとても小さな包みでしたが、どのなかにも、ボラと、赤い魚と、ルアウの葉と、丸ごとのタロイモ、そしてアヴァの根が少しずつ入っています。
5番目の包みは食材の主な部分が入っています。
丸ごとの魚、タロイモ、ルアウの葉、卵、そしてアヴァの根です。
カフナは庭のイム(石窯)の、波で現れて清められた清潔な流木に火を入れて、食材をその中に入れると、アンティのベッドの横に立ち、それぞれの食べ物を使う意味と目的を説明しました。
ひとかけのアヴァは、祖お包みが神々の捧げものとしてうけいられるようにと置かれます。
アヴァは催眠作用のある飲み物となるのですが、神々に捧げる神聖な植物で、あらゆる供物に欠かせない物です。
タロとルアウの葉はタロイモの成長に伴って何度も生え換わる、生命力の象徴なのです。
卵と魚は海と陸の象徴。
ひとつは食べ物が育つ大地のために。
ひとつは命を与えてくれる真水のために。
ひとつは海を清めるため。
そしてもうひとつは炎の持つ浄化の力のために。
アンティはこれらのことをすべてちゃんと知っていました、
でも、いとこがあらためて、食べ物に火が通るのを待つ家族たちに向かって説明してもらうのは、とても嬉しいことでした。
(*ルアウはタロイモの若葉。
カナカとは、ハワイ原住民のことを意味します。
カナカとは、ハワイの言葉で「人間」という意味。)
2010年02月13日
kanaka sick B
一時間ほど経ったとき、いとこが部屋に戻ってきました。
きれいに洗ったティリーフの束を抱えた少年も一緒でした。
一枚ずつその葉を取って、部屋の中央に敷いたマットの上に広げ、葉っぱで円を作ります。
そしてティの葉の中心に座ると、ひょうたんを開けて中から器を取り出し、祈り始めました。
一人のハオレ(白人)が儀式の途中に立ち寄りましたが、その白人はみんなが「黒魔術」をしているのだと決めつけました
アンティと家族にとって、その儀式はとても意味があるものでした。
黒魔術などというものではありませんでした。
黒魔術、呪いの魔術というものはハワイアンの神官であるカフナの中でも低俗なもので、人を死に追いやる祈りでした。
アンティのいとこはもっと高い序列のカフナで、祈りや薬草、そして現代科学ではサウンド・セラピー(音感療法)として認められるようなトリートメントを用いて病気を癒すカフナ(祈祷師)でした。
部屋の中央のマットの上に円を描いて広げられた緑のティの葉は一つの結界を描き、そこはいとこのカフナが祭壇を作り上げるための清浄な空間となりました。
ひょうたんの中から塩水をボウルにいっぱいとターメリックの根を取り出しました。
塩水(海水)は、ハワイでは古代からお清めの浄化剤とされています。
ハワイの人たちがオレナと呼ぶターメリックは、邪気を払う力を持っています。
カフナはターメリックと小鉢に入った海水、さらに多くのティリーフを自分の前に置きました。
それから静かに祈りの言葉を唱えます
その祈りは長く熱心なものでした。
自分自身の家族の神々にむかって、また祈祷師として自分が絶対の信頼を置く神々にむかって真剣に祈りました。
カフナは自分のこころや、自分の手、自分の身体から、この病に苦しむ女性に施す手当てを妨げるようなどんな邪悪なものも取り去ってくれるよう、神々に請願します。
言いかえると、カフナは神々のパワーの乗り物をきれいにするために、自分自身を浄化してくれるよう願うのです。
祈りの終わりに、カフナはオレナを少し海水に混ぜ、それからティの葉を手に持って部屋の中をぐるぐる廻りました。
オレナの混じった海水を患者の上にふりかけ、ベッドにも、天井にも、壁にも、床にもふりまきました。
キッチン、食べ物、庭、薪、そしてティのはガスrズレjん番にすべて清められていきました。
(Cにつづく)
きれいに洗ったティリーフの束を抱えた少年も一緒でした。
一枚ずつその葉を取って、部屋の中央に敷いたマットの上に広げ、葉っぱで円を作ります。
そしてティの葉の中心に座ると、ひょうたんを開けて中から器を取り出し、祈り始めました。
一人のハオレ(白人)が儀式の途中に立ち寄りましたが、その白人はみんなが「黒魔術」をしているのだと決めつけました
アンティと家族にとって、その儀式はとても意味があるものでした。
黒魔術などというものではありませんでした。
黒魔術、呪いの魔術というものはハワイアンの神官であるカフナの中でも低俗なもので、人を死に追いやる祈りでした。
アンティのいとこはもっと高い序列のカフナで、祈りや薬草、そして現代科学ではサウンド・セラピー(音感療法)として認められるようなトリートメントを用いて病気を癒すカフナ(祈祷師)でした。
部屋の中央のマットの上に円を描いて広げられた緑のティの葉は一つの結界を描き、そこはいとこのカフナが祭壇を作り上げるための清浄な空間となりました。
ひょうたんの中から塩水をボウルにいっぱいとターメリックの根を取り出しました。
塩水(海水)は、ハワイでは古代からお清めの浄化剤とされています。
ハワイの人たちがオレナと呼ぶターメリックは、邪気を払う力を持っています。
カフナはターメリックと小鉢に入った海水、さらに多くのティリーフを自分の前に置きました。
それから静かに祈りの言葉を唱えます
その祈りは長く熱心なものでした。
自分自身の家族の神々にむかって、また祈祷師として自分が絶対の信頼を置く神々にむかって真剣に祈りました。
カフナは自分のこころや、自分の手、自分の身体から、この病に苦しむ女性に施す手当てを妨げるようなどんな邪悪なものも取り去ってくれるよう、神々に請願します。
言いかえると、カフナは神々のパワーの乗り物をきれいにするために、自分自身を浄化してくれるよう願うのです。
祈りの終わりに、カフナはオレナを少し海水に混ぜ、それからティの葉を手に持って部屋の中をぐるぐる廻りました。
オレナの混じった海水を患者の上にふりかけ、ベッドにも、天井にも、壁にも、床にもふりまきました。
キッチン、食べ物、庭、薪、そしてティのはガスrズレjん番にすべて清められていきました。
(Cにつづく)
2010年02月12日
Kanaka Sick A
パパがカヒリのカフナを捕まえて、おばあさんと親戚たちを「治療」に参加してくれるように迎えに行っている間に、
アンティは楽しい試練の準備をしていました。
過去数カ月にわたってアンティが愚痴と不平をこぼし続けた家は、突如として輝く楽しい我が家となりました。
アンティは背もたれの高い揺り椅子にすって娘たちにあれこれ指示を出します。
まず、大きな4つの柱のあるコア材のベッドをとっておきの枕とシーツで綺麗にしなくては。
美しい手製のキルトが中国製のタンスから取り出され、ベッドにかけられました。
それからアンティはぴったりしたホロクー(裾を引きずる長いドレス)を脱いで、着心地の良い赤いムウムウに着替えてベッドに入りました。
積み重ねた枕に寄り掛かってちょうど良い位置におさまり、清潔なラウハラのマットがベッドルームの床の上に広げられたのでした。
一族のみんなが到着する前に準備は何とか完了すると、アンティは一同に素晴らしいニュースを伝えました。
ジョ−ジ・ハバート医師は、自分の病気を「カナカの病」だと診断し、カナカの治療を試しなさいと言ったのよ!
こんなすばらしい前代未聞の行いは、何時間でも話し合う価値があるし、おまけにアンティは頭も喉も痛いのが治ってしまった!
やがてようやくパパがいとこのカフナを連れて戻ってきました。
いとこはすぐには部屋に入らず、沐浴してから真新しい白い祈祷師のガウンを身につけました。
いとこが室内に入ってくると期待に満ちた静けさが部屋に広がりましたが、アンティとその周りをまるで守るように集まった一族の間には暖かくほっとする空気が満ちていました。
いとこはみんなにあいさつをし、それから部屋の中央に敷かれた清潔なマットの上に足を組んで座りました。
「アンティ、あんたの困りごとについて聞かせてくれ。」彼はいいました。
以前ののどの痛みが戻ってきました。
喉を手で覆い、ため息をつきました。
娘たちが枕元に駆け寄り、ひとりは団扇を扇ぎ、別の娘はそっとのど元をさすってあげています。
それから、アンティは哀しい物語をポツリポツリと語りだしましt。
それはひと月以上も前、アンティが一人息子と言い争いになったときにはじまりました。
その喧嘩(彼女はそんなつもりではなかったのですが)がもとで、息子は家を出て行ってしまったのです。
喧嘩から始まった邪気がアンティの頭を気が狂いそうなほど痛めつけ、喉が絞めころされるような苦しみが襲うようになったのです。
アンティは一気に苦痛と不安の物語をかたりました。いとこのカフナは部屋の中央の清潔なラウハラマットの上に身じろぎもせずに座っていました。
頑固者の船乗りの息子が、喧嘩のあとにどんなふうに海に出て行ったか、そして息子の事をどれ程心配しているかをアンティは語りました。
おばあさんも、親戚一同も、アンティに同情し涙を絞りつつ聞いていました。
息子が激怒して出て行くと、痛みがどんどんひどくなりました。
もしも息子が海で死んでしまうようなことにでもなったら、自分が息子に対して投げつけたひどい言葉の数々を、どれ程後悔しているかを伝えることもできない。
アンティは泣きました。
部屋にいた誰もがいっしょに泣きました。
威厳に満ちた声で、いとこは最後にこう言いました。
「アンティ。あんたは、悪魔に自分を支配させてしまった。みんなで神に助けを求めましょう。
もしも神々が望むなら、私たちはこの悪魔をあんたから追い出しましょう。」
アンティは泣きやみました。みんなが泣きやみ、待ちました。
いとこはパパを見て、そとでボラを5匹と赤い魚を5匹持ってくるよう命じました。
魚は生きたまま、水からとってきたばかりのものでなくてはなりません。
部屋の中にいた一人一人がそれぞれの仕事を与えられました。
一人は新しいティリーフを持ってくること。別の一人はタロイモを。また一人はブランディを。真新しいルアウ(タロイモの若葉)の葉を。アヴァの根。塩。卵。海藻。海辺の流木。
2‐3分のうちに大きな部屋は空っぽになりました。
いとこは外に出て、かまどを準備したり、ティ・リーフの大きな束を綺麗に洗ったりする指示を出していました。
(続く・・・)
アンティは楽しい試練の準備をしていました。
過去数カ月にわたってアンティが愚痴と不平をこぼし続けた家は、突如として輝く楽しい我が家となりました。
アンティは背もたれの高い揺り椅子にすって娘たちにあれこれ指示を出します。
まず、大きな4つの柱のあるコア材のベッドをとっておきの枕とシーツで綺麗にしなくては。
美しい手製のキルトが中国製のタンスから取り出され、ベッドにかけられました。
それからアンティはぴったりしたホロクー(裾を引きずる長いドレス)を脱いで、着心地の良い赤いムウムウに着替えてベッドに入りました。
積み重ねた枕に寄り掛かってちょうど良い位置におさまり、清潔なラウハラのマットがベッドルームの床の上に広げられたのでした。
一族のみんなが到着する前に準備は何とか完了すると、アンティは一同に素晴らしいニュースを伝えました。
ジョ−ジ・ハバート医師は、自分の病気を「カナカの病」だと診断し、カナカの治療を試しなさいと言ったのよ!
こんなすばらしい前代未聞の行いは、何時間でも話し合う価値があるし、おまけにアンティは頭も喉も痛いのが治ってしまった!
やがてようやくパパがいとこのカフナを連れて戻ってきました。
いとこはすぐには部屋に入らず、沐浴してから真新しい白い祈祷師のガウンを身につけました。
いとこが室内に入ってくると期待に満ちた静けさが部屋に広がりましたが、アンティとその周りをまるで守るように集まった一族の間には暖かくほっとする空気が満ちていました。
いとこはみんなにあいさつをし、それから部屋の中央に敷かれた清潔なマットの上に足を組んで座りました。
「アンティ、あんたの困りごとについて聞かせてくれ。」彼はいいました。
以前ののどの痛みが戻ってきました。
喉を手で覆い、ため息をつきました。
娘たちが枕元に駆け寄り、ひとりは団扇を扇ぎ、別の娘はそっとのど元をさすってあげています。
それから、アンティは哀しい物語をポツリポツリと語りだしましt。
それはひと月以上も前、アンティが一人息子と言い争いになったときにはじまりました。
その喧嘩(彼女はそんなつもりではなかったのですが)がもとで、息子は家を出て行ってしまったのです。
喧嘩から始まった邪気がアンティの頭を気が狂いそうなほど痛めつけ、喉が絞めころされるような苦しみが襲うようになったのです。
アンティは一気に苦痛と不安の物語をかたりました。いとこのカフナは部屋の中央の清潔なラウハラマットの上に身じろぎもせずに座っていました。
頑固者の船乗りの息子が、喧嘩のあとにどんなふうに海に出て行ったか、そして息子の事をどれ程心配しているかをアンティは語りました。
おばあさんも、親戚一同も、アンティに同情し涙を絞りつつ聞いていました。
息子が激怒して出て行くと、痛みがどんどんひどくなりました。
もしも息子が海で死んでしまうようなことにでもなったら、自分が息子に対して投げつけたひどい言葉の数々を、どれ程後悔しているかを伝えることもできない。
アンティは泣きました。
部屋にいた誰もがいっしょに泣きました。
威厳に満ちた声で、いとこは最後にこう言いました。
「アンティ。あんたは、悪魔に自分を支配させてしまった。みんなで神に助けを求めましょう。
もしも神々が望むなら、私たちはこの悪魔をあんたから追い出しましょう。」
アンティは泣きやみました。みんなが泣きやみ、待ちました。
いとこはパパを見て、そとでボラを5匹と赤い魚を5匹持ってくるよう命じました。
魚は生きたまま、水からとってきたばかりのものでなくてはなりません。
部屋の中にいた一人一人がそれぞれの仕事を与えられました。
一人は新しいティリーフを持ってくること。別の一人はタロイモを。また一人はブランディを。真新しいルアウ(タロイモの若葉)の葉を。アヴァの根。塩。卵。海藻。海辺の流木。
2‐3分のうちに大きな部屋は空っぽになりました。
いとこは外に出て、かまどを準備したり、ティ・リーフの大きな束を綺麗に洗ったりする指示を出していました。
(続く・・・)
2010年02月04日
Kanaka sick @
時は1900年ごろ、場所はホノルル。
ダウンタウンのアラケア・ストリートにある、Dr.ハーバート医師の診察室で、一人の初老のハワイアンの女性が、悩みを相談していました。
ドクターはこのアンティ(ハワイではある年代以上の女性をよくこう呼びます)の友達であり、ハワイ語も多少話せるので、ハオレの悩みだけでなく、ハワイアンの病気もよく診ることができる人でした。
アンティはしゃべり続けていました。
自分の頭がどれほど痛むか、喉がどれほど痛むか、
そして、先生にもらった薬を飲んでも効かないのだと、
大きな胸を揺らして切々と訴えるのでした。
辛抱強く話を聞いていたハバート医師は、ようやく口を開くと
こういいました。
「アンティ。私にはあんたを治せそうにないな。
あんたは、カナカ病だ。
私ら古い友達だからよく解るよ。カナカ療法を試した方がいい。」
アンティの顔は喜びに輝きました。
信じられないとった様子で友達であるハオレ(白人)の医師を見つめ、その頬には滂沱の涙が流れました。
医師には涙の訳が良く解っていました。
アンティは自分の持ち物をまとめるとハバート医師の診察からそそくさと出て、待っていた馬車に急ぎました。
「パパ、」馬車の中でまっていた夫に向かってアンティは叫びました。
「パパ、ハバート先生がいうには、私はカナカの病気だからカナカの薬を飲めとおっしゃったよ。」
二人は急いでパラマの家に戻りましたが、その頃にはアンティはパパにあれこれ指示を出すのに忙しく、のどの痛みも胸の痛みもすっかり忘れてしまいました。
パパはまずカリヒまで車を走らせていとこのカフナ(祈祷師)を
見つけ出しました。それから帰り道でおばあさんの家によっておばあさんと家族みんなにすぐに家に集まってくれるよう話しました。
それからパパとアンティはあのハオレの医師がいかに理解してくれたかを驚きと感動を持って話し合いました。
先生は、ふたりがカフナの力を信じているなんてことが誰かに分かったらどうしようかという恐れを簡単にぬぐってくれました。
ハバート医師は昔からのやり方を認める司祭以上の事をしてくれた。
パパとアンティは敬虔なクリスチャンだと自負していたけれど、心の中ではカフナのやり方がハワイアンにはぴったりの事が多いとわかっていたのです。
その信念をさらうことは罪を認めることになってしまう。
はばーといしはその罪を洗い流してくれたのでした。
(続く)
ダウンタウンのアラケア・ストリートにある、Dr.ハーバート医師の診察室で、一人の初老のハワイアンの女性が、悩みを相談していました。
ドクターはこのアンティ(ハワイではある年代以上の女性をよくこう呼びます)の友達であり、ハワイ語も多少話せるので、ハオレの悩みだけでなく、ハワイアンの病気もよく診ることができる人でした。
アンティはしゃべり続けていました。
自分の頭がどれほど痛むか、喉がどれほど痛むか、
そして、先生にもらった薬を飲んでも効かないのだと、
大きな胸を揺らして切々と訴えるのでした。
辛抱強く話を聞いていたハバート医師は、ようやく口を開くと
こういいました。
「アンティ。私にはあんたを治せそうにないな。
あんたは、カナカ病だ。
私ら古い友達だからよく解るよ。カナカ療法を試した方がいい。」
アンティの顔は喜びに輝きました。
信じられないとった様子で友達であるハオレ(白人)の医師を見つめ、その頬には滂沱の涙が流れました。
医師には涙の訳が良く解っていました。
アンティは自分の持ち物をまとめるとハバート医師の診察からそそくさと出て、待っていた馬車に急ぎました。
「パパ、」馬車の中でまっていた夫に向かってアンティは叫びました。
「パパ、ハバート先生がいうには、私はカナカの病気だからカナカの薬を飲めとおっしゃったよ。」
二人は急いでパラマの家に戻りましたが、その頃にはアンティはパパにあれこれ指示を出すのに忙しく、のどの痛みも胸の痛みもすっかり忘れてしまいました。
パパはまずカリヒまで車を走らせていとこのカフナ(祈祷師)を
見つけ出しました。それから帰り道でおばあさんの家によっておばあさんと家族みんなにすぐに家に集まってくれるよう話しました。
それからパパとアンティはあのハオレの医師がいかに理解してくれたかを驚きと感動を持って話し合いました。
先生は、ふたりがカフナの力を信じているなんてことが誰かに分かったらどうしようかという恐れを簡単にぬぐってくれました。
ハバート医師は昔からのやり方を認める司祭以上の事をしてくれた。
パパとアンティは敬虔なクリスチャンだと自負していたけれど、心の中ではカフナのやり方がハワイアンにはぴったりの事が多いとわかっていたのです。
その信念をさらうことは罪を認めることになってしまう。
はばーといしはその罪を洗い流してくれたのでした。
(続く)
2010年02月01日
ホノルル 〜Ke-kai-o-Mamala
ホノルルの、ダウンタウン・エリアの海側は、Kouコウと呼ばれていました。
カクヒヘヴァ王が家来の一人であったKouというアリィに与えた土地だったので、そう呼ばれていました。
コウは、コナネという古代ハワイ式将棋の盛んな場所でした。
王族たちが集まって、色々なものを賭けてはコナネを楽しんでいました。
コウの海辺の沖、ホノルル港の入り口近くには、
オアフ島でも有数の大きな良い波が立つ場所があり、
その波は、Ke-kai-o-Mamala, 「ママラの海」という名で呼ばれていました。
ママラというのは、サーフィンが巧いことで有名な女王の名前で、
強い風が吹きつけ、沖の波が大きくなって荒れ狂えば、
ママラはいつも誰よりも上手にその波を乗りこなすのです。
コウの浜辺の人々はそれを岸から眺めては、
大きな歓声をあげて讃えました。
それもそのはず、ママラは美しい女王の姿のほかに、もうひとつ、
海の中ではサメの姿に変身する、モ'オでもあったのです。
モ'オというのは、ハワイの言い伝えでは超自然的な力を操り、
人間の姿も変身する両生類の総称で、
日本で言う竜のような存在です。
モ'オの特徴の一つに、アヴァ酒が大好き、いうのがありますが
ママラもやっぱりアバ酒が大好きでした。
アバ酒は、`awaという植物の根を噛んで水と混ぜて発酵させて作る
お酒で、催眠作用と軽い幻覚作用があります。
ハワイでは儀式や治療などにも用いられる神聖な飲み物。
これまたモオで、鮫に変身する夫のオウハと二人、
コウの浜辺で、コナネのゲームを楽しみながら
アヴァ酒を飲んで酔っ払い、
誰よりも大きな波に乗る。
そんなママラに、あるときホノカ’ウプという
ハンサムな王子が一目ぼれをしました。
ホノカ'ウプは、コウのすぐ東隣にある、美しいヤシの林の持ち主。
きっと、ママラが長い黒髪を波しぶきにキラキラさせて
大きな波を滑らかにサーフィンする姿を波の合間でみかけ、
恋に落ちたのでしょう。
それとも、月の美しい夜、やわらかなヤシの葉の揺れる下で
コナネのゲームをして、賭けに勝って
みごとママラを手に入れたか。
ともかく、ママラもハンサムなホノカ'ウプにすっかり参ってしまい。
オウハを捨てて、ホノカウプのもとに走りました。
これには夫オウハも怒り狂いました。
ホノカウプもママラもめちゃくちゃに痛めつけてやる!!と
息まいて二人のいるところを襲いましたが、
ハンサムなだけでなく武術の腕もあるたくましいホノカウプに
逆にコテンパンにやられてしまいました。
たまらず、ほうほうのていで逃げ出して、カ・イヒ・カプの養魚池に飛び込みました。
しばらくして、池で捕まえた魚やエビをかご一杯に抱えて外に出て
近くの村の女たちに声をかけ、
『おいしい食べ物があるよ』とかごの蓋を開けたところ、
魚もエビもかごから飛びだし、池に帰ってしまいました。
女たちは、それを見て大笑い。
散々バカにされたオウハは、屈辱に耐えきれず、
海に飛び込むとそれきり人間の姿を捨ててしまい、
大きなサメの姿でワイキキの沖にひっそりと姿を隠してしまいました。
そしてその後、サメの神となって
ワイキキとココヘッドの間の海を泳ぎ回るようになったということです。
カクヒヘヴァ王が家来の一人であったKouというアリィに与えた土地だったので、そう呼ばれていました。
コウは、コナネという古代ハワイ式将棋の盛んな場所でした。
王族たちが集まって、色々なものを賭けてはコナネを楽しんでいました。
コウの海辺の沖、ホノルル港の入り口近くには、
オアフ島でも有数の大きな良い波が立つ場所があり、
その波は、Ke-kai-o-Mamala, 「ママラの海」という名で呼ばれていました。
ママラというのは、サーフィンが巧いことで有名な女王の名前で、
強い風が吹きつけ、沖の波が大きくなって荒れ狂えば、
ママラはいつも誰よりも上手にその波を乗りこなすのです。
コウの浜辺の人々はそれを岸から眺めては、
大きな歓声をあげて讃えました。
それもそのはず、ママラは美しい女王の姿のほかに、もうひとつ、
海の中ではサメの姿に変身する、モ'オでもあったのです。
モ'オというのは、ハワイの言い伝えでは超自然的な力を操り、
人間の姿も変身する両生類の総称で、
日本で言う竜のような存在です。
モ'オの特徴の一つに、アヴァ酒が大好き、いうのがありますが
ママラもやっぱりアバ酒が大好きでした。
アバ酒は、`awaという植物の根を噛んで水と混ぜて発酵させて作る
お酒で、催眠作用と軽い幻覚作用があります。
ハワイでは儀式や治療などにも用いられる神聖な飲み物。
これまたモオで、鮫に変身する夫のオウハと二人、
コウの浜辺で、コナネのゲームを楽しみながら
アヴァ酒を飲んで酔っ払い、
誰よりも大きな波に乗る。
そんなママラに、あるときホノカ’ウプという
ハンサムな王子が一目ぼれをしました。
ホノカ'ウプは、コウのすぐ東隣にある、美しいヤシの林の持ち主。
きっと、ママラが長い黒髪を波しぶきにキラキラさせて
大きな波を滑らかにサーフィンする姿を波の合間でみかけ、
恋に落ちたのでしょう。
それとも、月の美しい夜、やわらかなヤシの葉の揺れる下で
コナネのゲームをして、賭けに勝って
みごとママラを手に入れたか。
ともかく、ママラもハンサムなホノカ'ウプにすっかり参ってしまい。
オウハを捨てて、ホノカウプのもとに走りました。
これには夫オウハも怒り狂いました。
ホノカウプもママラもめちゃくちゃに痛めつけてやる!!と
息まいて二人のいるところを襲いましたが、
ハンサムなだけでなく武術の腕もあるたくましいホノカウプに
逆にコテンパンにやられてしまいました。
たまらず、ほうほうのていで逃げ出して、カ・イヒ・カプの養魚池に飛び込みました。
しばらくして、池で捕まえた魚やエビをかご一杯に抱えて外に出て
近くの村の女たちに声をかけ、
『おいしい食べ物があるよ』とかごの蓋を開けたところ、
魚もエビもかごから飛びだし、池に帰ってしまいました。
女たちは、それを見て大笑い。
散々バカにされたオウハは、屈辱に耐えきれず、
海に飛び込むとそれきり人間の姿を捨ててしまい、
大きなサメの姿でワイキキの沖にひっそりと姿を隠してしまいました。
そしてその後、サメの神となって
ワイキキとココヘッドの間の海を泳ぎ回るようになったということです。